移転、復元され無料公開されている施設


 昭和54年12月12日に花巻市有形文化財に指定された同心屋敷。
 花巻市が、昭和54年(1979)に文化財保護の立場から2軒の建物を譲り受け、岩手県観光開発公社観光施設譲渡事業(事業費34,700,000円)として、昭和54年12月20日から昭和55年3月31日まで、移築工事をして完成したのが、現在の同心屋敷。

1273277177


 花巻の同心屋敷とは、

 天正19年(1591)、南部氏九戸系24代九戸政実が南部26代盛岡藩祖南部信直に対して反乱を起した。南部信直は豊臣秀吉に援助を願い出て反乱を鎮めた。
 この九戸の乱のとき、鳥谷ヶ崎城(のちの花巻城)の守備にあたった浅野重吉は配下の一隊30人を残して引き上げた。
 残された一隊が花巻にとどまり南部氏に仕え「花巻同心組」となり、城内(二の丸馬場口御門の下馬場で、現在の鳥谷ヶ崎神社南下辺)に住居を与えられて住むようになった。
 延宝8年(1680)御同心30人は、城内が狭くなったこともあり、向小路(現在の桜町)に移り住んだ。

 その場所は、旧奥州街道100間(約180m)を挟んで東側に15軒、西側に15軒並び、表通りである間口5間(9.10m)横間口3間(5.46m)のところは全て同じ造りであり、南部氏から賜った御同心の官舎であった。
 現在の2軒の家屋は江戸時代末期に建てられたものを移築、復元したものです。

1273277169


 こちらは、旧今川家の建物で、花巻市桜町二丁目52番地から移築、復元された。
  桁行9.55m、梁間10.565m、コの字寄棟造
  茅葺、西面かぶと屋根、東西せがい造り

1273277160


 旧今川家の説明版

1273277152


 玄関から見た室内です。

1273277144


 縁側から見た室内の様子。 写真に写っているボランティアの方のお話では、座敷、居間と二間続きで一番奥の格子から風が入ってくるので、夏でも冷房は必要無いという事でした。

[接待ボランティア]
 5月~10月の毎週土・日・祝祭日、花巻祭~賢治祭の間、地元婦人会による湯茶の接待をしてくれる方々です。私が訪ねた時は、飴をふるまってくれました。ありがとうございました。

1273277137


 こちらは、旧平野家の建物で、花巻市桜町二丁目182番地から移築、復元された。
  桁行9.35m、梁間5.53m、南面突出部桁行2.885m
  寄棟構造茅葺、北面かぶと屋根

1273277124


 旧平野家の説明版

1273277117


 玄関を入ると、台所になります。 囲炉裏がありかつての生活の様子が伺えます。

1273277106


 台所は、ご覧のとおり
 流しがあるたげの質素な構造で、当時の主婦は、大変だったろうと思います。

1273277098


 玄関から見た居間の様子。 

1273277090


 屋根は、釘を使わず縄で組まれています。

1273277082


 撮影時期不明、向小路(同心町)の様子。

1273277073


 花巻同心組

 御道筋の治安維持、伊達藩・南部藩との境界警備、そして豊沢川の渡渉監視(川での検問)などが仕事であった。
 剣術の稽古や畑仕事等をしながら屋敷一軒につき1~4人で暮らしていた。本人一代限りの奉公で、普通の武士のような世襲ではなかった。しかし、本人の死亡、病気、その他の事故の場合は、小頭を通じて子供に奉公を仰せつけ下さるよう願い出ると、必ず聞き入れられる慣習であった。こうして明治維新まで続いていたという。

 郷土の貴重な文化財を保護し、無料で見る事ができるようにしている花巻市は・・・、凄い!
 そして、優しく接待してくれるボランティアに感謝です。

場所 岩手県花巻市桜町4丁目83-5
駐車 施設の向かいにあります。

ブログランキングに参加しています。
食欲増進に向けて、「1日1回のクリック」にご協力願います。
にほんブログ村 グルメブログ 東北食べ歩きへ
にほんブログ村